一年すこし前まで文科省の学術調査官を兼務していました。この職名には得も言われぬ響きがあるようで、肩書入りの名刺を渡し、相手の反応を見て楽しんでいる同僚もいたようです。といっても、仕事の大部分は、文科省が直轄する数少ない科研費種目である新学術領域研究の審査作業の補助、要すれば事務方側のサポートをするというものです。特に研究代表者に返す審査意見書、論文でいえばレビューコメントは、専門性に通じていないと書けません。ヒアリングや審議を傍聴し、委員の書いた(時に難読の)メモを参照して意見書の原案を作るのが、多くの学術分野から集まった調査官の仕事です。時々誤解のある点ですが、調査官自身が申請書の評価に加わることは全くありません。
さてこの職に就いてみると、科研費の制度改革を議論する委員会も傍聴するよう声がかかりました。公平性の担保、競争的資金と運営交付金のバランスのあり方、研究不正やモラル低下の問題、新しい学問や既存学問の新展開への対応など、さまざまな論点が議論される中で、重要な話題の一つになっていたのが科研費制度の有効性、つまり科研費は本当に研究の役にたっているのかというものでした。科研費はピアレビュー制により配分がなされているという点で、通常の予算とは性格が異なります。しかし国の財政事情が芳しくない中、すべての費目に縮減の圧力がかかっており、予算を守りたければその有効性をきちんと示すべしという宿題が、科研費にも課されているということです。
そこで委員会がとった方策が、全分野の近年の出版論文のなかで科研費と紐づけできるものを網羅的に調べあげるというものでした。その結果は、科研費の獲得と、論文出版数や高インパクト論文の割合などに、正の相関があるというもので、科研費の有用性が確認された形になりました。
この調査には当初、科研費の論文成果がどこまで追跡できるのか不安があったようです。成果報告書も重要な情報源ですが、補助期間を終えてから論文が出るまでの時間差を考慮すると、これだけでは把握漏れが多く生じてしまいます。もっとも有用な情報元は論文の謝辞であり、多くの論文に研究費情報の記載があったお陰で救われたとのことでした。
論文謝辞に研究費情報を付す意味は、その支給に感謝の意を表明することが第一です。実はこれが科研費に限らず研究費制度の保護にも一役買っており、論文の全文検索が容易になる中、その役割はますます高まるだろうということが言えます。論文出版の際には、それが仮に受給期間から間を置いたものであっても、研究費への謝辞を具体的に記載するよう、改めて呼び掛けさせていただく次第です。
PEPS 宇宙惑星科学セクション編集長 / 北海道大学大学院 理学院 宇宙理学専攻 倉本 圭 |
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