昔話で恐縮ですが、私が学生の頃は、博士論文は一生に一度のもので、その人の能力や研究姿勢が表れるものだから、全身全霊を傾けて悔いの無いものを執筆せよと教わりました。満足がいかないと自ら提出を遅らせるのが当たり前といった風潮もありました。地質学の様なフィールドサイエンスの分野では、論文公表の際には、スケッチや写真などオリジナルデータをふんだんに載せてくれる学会誌や紀要にFull paperとして投稿するのが普通でした。
時は経ち、研究の国際化が進み、研究費における競争的資金の比率増大や研究職の公募化が進むに連れ、研究業績の比較•評価の必要性が増し、評価の客観化、効率化の一助として、citationやimpact factorなど業績の数値化指標が導入され、それが一気に広まりました。一部の商業誌はそれを利用して市場を席巻し、論文の粗製乱造、質とモラルの低下、そして図書費の増加に拍車をかけました。
人間とは愚かなもので、楽で便利な物があれば、それが持つ問題点や適用限界も忘れてそれに頼ってしまいます。もっとたちが悪いのは、それを知っていながら都合が良ければ使ってしまう人が出てくることです。その結果、職を得たい院生や若手ポスドクの間で、論文数を稼ぐこと、citationを上げる事が目的化し、それを容認する雰囲気が蔓延しているように思います。博士論文を細切れにし、閲覧率の高いレター誌に小出しにするのが当たり前のような今日この頃です。それどころか、相互に余り関係のないレター誌論文を3〜4本束ねて、それを博士論文として認めよ、という指導教員まで出てくる有り様です。自分の興味を徹底的に追及し、それを極める唯一の機会が失われつつあります。
STAP細胞論文をめぐる事件以来、こうした風潮に歯止めをかける動きが、やっとほんの少しですが出て来たようです。その一つが、科研費での研究成果をopen access journal に出すよう義務付ける動きです。また、剽窃や二重投稿と言った反道徳的行為への取り締まりや、研究者への研究倫理教育も急速に強化されつつあります。
地球惑星科学分野では、EGU (European Geosciences Union) が早くから学会誌のopen access化を推進し、幾つかの学会はこれに追従しました。学会誌は、その分野の基礎知識や技術の継承に力を入れている場合が多く、基礎的研究の重視、研究の質の維持、厳密さの追求と言う点では、商業誌より遥かに優れており、良心的でもあります。ですが、投稿から出版までのスピードや雑誌の認知度という点で、商業誌に水を開けられていました。しかし、一部の出版社による学会誌の電子ジャーナル化のサポートや、それに伴うWeb上での編集システム導入により、出版までのスピードの問題は解決しつつあり、AGU (American Geophysical Union) やEGUなどのメジャーな学会誌では、知名度も商業誌に引けを取っていません。学会誌の逆襲です。
PEPSは、こうした科学誌の在り方への社会からの要請や学会誌への期待を先読みして企画、発刊されたものです。私は、アジアの地球惑星科学コミュニティーの育成、発展のために、真の意味で国際的と言えるopen accessの学会誌を作るという趣旨に賛同し、セクション編集長の末席に加えて頂きました。総編集長はもちろん、各セクション編集長、そしてそれをサポートする事務局の熱意や知識は相当なもので、刺激を受けたり、教わったりすることばかりです。出された成果が正当に評価され、かつ地球惑星科学本来の面白さが味わえるような味のある雑誌作りが出来たらと願っています。
PEPS横断的分野セクション編集長 / 東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 多田 隆治 |
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