2016年5月18日水曜日

日本の「研究力」はどうなっているのか

PEPS宇宙惑星科学セクション編集委員の山本衛です。

日本の「研究力」の現状はどうなのか?これについて国立大学協会政策研究所から所長自主研究「運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究~国際学術論文データベースによる論文数分析を中心として~」(2015年5月)という報告(以下では「報告書」と呼びます)が公表されていますので、ご紹介します。調査をまとめたのは鈴鹿医療科学大学学長の豊田長康先生です。トムソン・ロイターInCitesというWeb of Scienceをさらにまとめたデータベースをもとに、各国の論文数の比較分析を行っています。また各国の公的研究資金や日本の国立大学への運営費交付金や科研費の情報を加味し、研究力向上への提言をまとめています。豊田先生はご自分のブログを持ち、そこで2010年ごろから根強く議論を続け、この報告書に結実したようです。

報告書に示されている日本の科学技術の現状は衝撃的です。ぜひ多くの方が目を通されることをお勧めします。報告書からの引用ですが、「(各国との比較において)2002年頃から、唯一日本だけ論文数が停滞~減少し、2012年時点で5位となっている。人口あたり論文数は停滞し、先進国で最も少ない。2013年人口あたり論文数は世界35位、台湾は日本の1.9倍、韓国は日本の1.7倍。2013年生産年齢人口あたり論文数では日本は31位。日本の研究力は東欧諸国グループに属する。」などという事実の列挙が続きます。

背景にある原因として、公的研究資金について比較を行い、「高等教育機関への人口あたり公的研究資金と論文数は正の相関をする。日本は先進国で最も低い。」と指摘し、それが大学の研究従事者数と博士課程大学院生数を強く制限している姿を示しています。また日本の公的研究資金が公的(政府)研究機関に重点配分される傾向が強いこと、そのような研究費の投入を行う国は論文数が少ない傾向にあると指摘しています。「G7主要国に対する論文数の国際競争力低下は、1998年頃から始まった高等教育機関への公的研究資金の相対的減少から約4年のタイムラグを経て、2002年頃から顕現化した。」とまとめ、運営費交付金の削減による基盤的資金の減少が国立大学の論文数の減少の主因であるとしています。

報告書の最後では、日本の研究力の回復に向けた提言を行っています。それは大学の基盤的研究資金、研究者の頭数×研究時間、(科研費に代表される)幅広く配分される研究資金の確保であるとし、「日本のピーク時に回復するためには25%、韓国に追いつくためには50%(1.5倍)、G7諸国や台湾に追いつくためには100%(2倍)増やすことが必要である。」と結論しています。

報告書では、日本の研究力がG7諸国の最下位で、台湾や韓国よりも劣っているとしています。しかし私自身の身の回りにおいては、そこまでの危機感はないようにも思えます。これは人口の差に原因がありそうです。人口は日本が1億2700万人、韓国が5000万人、台湾が2300万人です。たぶん私の研究分野では台湾や韓国の研究者の数が少ない。一方で彼らが注力する分野では、報告書が指摘するような研究水準の拮抗あるいは抜き去りが生じているのでしょう。例えば、半導体産業で韓国・台湾企業の業績が高く、日本企業の業績が低迷しているというニュースを良く目にしますが、その背景には、報告書が指摘するような事情があるのではないでしょうか。

日本・アメリカ・ドイツ・韓国・台湾の一人当たり購買力平価GDPの年次推移を図示します(「世界経済のネタ帳」というwebサイトのツールを利用しました)。これは国民の豊かさを比較的よく表すパラメータだそうです。日本はアメリカ・ドイツのグループに属していましたが成長率が下がり、2007年に台湾に抜かれ、現在は韓国とほぼ同じです。屈曲点は1997-1998年にあります。このころ、橋本龍太郎総理大臣(1996-98年)のもとで消費税が5%に増税されました(1997年4月)。また財政再建の声が高まって政府支出の伸び率が大きく抑えられ、現在まで引き続いています(橋本元首相が晩年にこれらの失政を悔いていた、という報道を目にしたことがあります)。報告書の記述とも符合しています。


日本の研究力に関する報告書をご紹介してきました。国立大学協会は、今年4月19日に安倍晋三総理大臣に向けて「科学技術予算の抜本的拡充に関する要請」を行いました。その公表文書を見ると、報告書の分析結果が反映されているようです。要請が受け入れられ、今後速やかに日本の研究環境が改善していくことを願わずにはおられません。

PEPS宇宙惑星科学セクション編集委員 / 京都大学 生存圏研究所 山本 衛