2017年8月23日水曜日

インターネットを通じた研究成果発表と査読

PEPS固体地球科学セクション編集委員の三ケ田 均(みかだ ひとし)です.

2015年10月にこのBlogに駄文を投稿し,研究室として査読依頼は断らない方針であること,そして毎年二桁となる数の論文査読を担っていることを告白したところ,何と2016年から査読数が激減しました。英訳もついていたため, 海外のEditorの目にも留まり,不憫に思ってくださったのかもしれません.但し,気付けば論文ではなく,国際会議での発表可否を決める査読の要旨数は一会議当たり三桁になりました.十数年前,American Geophysical Unionの秋季大会のSession Convenerを務めた際,小職のセッションに投稿された40〜50の発表申し込みに対し,リジェクトした要旨は2編のみ,採択率約95%でした.しかし投稿数の30%を採択数と決めているSociety of Petroleum Engineersなど,工学系の要旨査読は少々シビアです.論文査読も大変ですが,過半数が不採択となる要旨査読も,細心の注意を要する集中した作業になります.どちらにしてもアカデミアのレベルの維持を担っているのは査読者が支える査読システムであることは間違いなく,今日はシステム全体をもう少し高い場所から眺める話題にしたいと思います.内容は,京都大学工学部の「工学倫理」で筆者が教えているものです.

コロラド大学デンバー校(UCD)のジェフリー・ビール氏が,Predatory Journal(黒木(2016)では,「捕食」ジャーナルあるいは「ハゲタカ」ジャーナルと和訳されている)なる言葉を生み出し,世界各国の数多の雑誌をこのPredatory Journalに分類し始めて7年が経過しました.Butler (2013)には,2008年ごろ急速にその数を増やしたOpen Access Journalからの投稿案内ダイレクト電子メールの文章に数多くの文法ミスを見つけたことが契機になり,ビール氏がこのPredatory Journal問題に気付いたとの記述があります.ビール氏は,Beall (2012)の基準を用い,2011年以降Predatory Journal及びその出版社を公開・更新し続けたリストは,Beall's Listと呼ばれ,研究者の世界では重宝されたことは言うまでもありません.最初の公開時には18社であったPredatory Journal出版社は,2016年12月31日のリストでは923社に達しましたが,今年1月に突然サイトが閉鎖され,ビール氏が分類作業やPredatory Journalに関する発信を突然終了(Silver, 2017a)してから7か月が経過しました.この間,突然Beall's Listが失われたことに対し,突然のサイト閉鎖に対する理由の憶測や不満の声が流れたことはご記憶に新しいかと思います.今年6月からは,Beall's Listとは異なる基準でリストアップされたPredatory Journal及び出版社のリストが,私企業の手により有料で公開(Silver, 2017b)されたのは,経済活動の活発な米国の健在ぶりを再認識させると同時に,アカデミアのPredatory Journalリストへの需要の大きさを物語っている気がします.

2013年に,Science誌上でジョン・ボハノン氏の行なった調査の結果(Bohannon, 2013)が発表されました.ジョン・ボハノン氏は,Wassee Institute of Medicine(ワシー医学研究所;実在しない)の生物学者Ocorrafoo Cobange(オコラフー・コバンジ;偽名)を騙り「地衣類から抽出したある化学物質に制癌作用がある」との内容の論文を作成し304社(このうち29社は既に廃刊状態であったことが判明)のオープン・アクセス・ジャーナル出版社に投稿しました.高校生レベルの化学を学習した人間には容易に判別可能な間違いや欠陥のある図を挿入したにも拘らず,投稿から2か月後には157社の雑誌で受理されたそうです.彼の偽論文の採択率は57%(29社を含めても52%)と過半数になったことにも驚かされましたが,送付先に含まれていたBeall's List中の実に82%の出版社が論文を受理したことでBeall's Listの信憑性が高まったのです.また,偽論文受理にElsevierの出版する雑誌が含まれていたことも物議を醸しました.

Beall's Listの公表や,ボハノンのサイエンス誌上の調査結果から明らかな通り,論文を数多く出版したい研究者と,論文を出版することで投稿料や掲載料収入を得たい出版社の思惑は一致します.論文数を増やしたい研究者が流れ着く先は,最後に印刷を引き受けてくれる出版社になるのかもしれませんが,掲載目的のためだけに成り立つオープン・アクセス・ジャーナル出版社が残念ながら存在します.中には偽のインパクト・ファクターを使っているケースもあるようです.さらに,出版社における論文数増加の意図の発生,出版社の経営者やEditor-in-Chiefが交代などを契機として,投稿論文が受理されやすくなりPredatory化する,あるいはPredatory判定の基準周辺で浮沈する出版社もあるようです.研究成果の質を維持することで成り立っているアカデミアでは,論文数や論文掲載雑誌のインパクト・ファクターが,長い間,暗に評価の基準とされてきました.しかし,どうもこの基準だけでは不十分であり,研究成果発表をする雑誌の科学的評価を時間の関数として捉えていく必要があるという警鐘が鳴らされたのだろうと解釈しています.また,同時にアカデミアの研究レベル維持における査読プロセスの重要性を認識する必要を物語っていると思います.

黒木(2016)では,論文の撤回率という物差しで見た場合,日本が世界第5位の研究不正大国であることが記載されています.第6位以下の国々の論文撤回率は第5位以上と桁が異なり,日本を含む世界第5位までの国々では迅速かつ効果的な対策を講じる必要があります.Predatory Journalの温床となっているインターネットですが,同時に不正の発見に成果の電子的公開という手段が寄与していることは皮肉です.研究不正の少ない日本という信頼を取り戻すためにも,我々研究者が担う査読がいかに大きな役割を果たしているかという観点で責任感と矜持をもち、今後も襟を正して査読をさせていただきたいと思っております.


Beall, J., 2012, Criteria for Determining Predatory Open-Access Publishers (2nd edition), available at https://web.archive.org/web/20130603123106/http://scholarlyoa.com/2012/11/30/criteria-for-determining-predatory-open-access-publishers-2nd-edition/ (accessed on August 20, 2017).
Bohannon, J., 2013, Who's Afraid of Peer Review?, Science (04 Oct 2013), 342 (6154), 60-65, doi: 10.1126/science.342.6154.60.
Butler, D., 2013, Investigating journals: The dark side of publishing, Nature, 495, 433–435 (28 March 2013), doi: 10.1038/495433a.
黒木登志夫, 2016, 研究不正,中公新書2373, 中央公論社, 302pp., ISBN: 978-4-12-102373-5.
Silver, A., 2017a, Controversial website that lists ‘predatory’ publishers shuts down, Nature News (18 January 2017), doi: 10.1038/nature.2017.21328.
Silver, A., 2017b, Pay-to-view blacklist of predatory journals set to launch, Nature News (31 May 2017), doi: 10.1038/nature.2017.22090.


PEPS 固体地球科学セクション編集委員 / 京都大学 大学院 工学研究科 教授 三ケ田 均



0 件のコメント:

コメントを投稿